半原カボチャの収穫体験

9時から中3の息子と半原に住む息子の友人のT君を連れて

半原カボチャの最終の収穫を土屋さんの畑で体験させていただきました。

 

【半原カボチャとの出会い】

岐阜県の伝統野菜である日吉町の半原カボチャは、現在3人の生産者の手で作られています。

その一人土屋勉さんを知ったのは、瑞浪市内在住の勝股英明さんからでした。

日吉町に生まれ育ったのに、私は、半原カボチャも知らなければその希少性、

美味しさをよく知らない。恵那市本社の菓子店でプリンとして売られているくらいの知識しかなく、

これではいけない、と感じました。今日は、息子にもその友達の半原の友達にも、

半原カボチャというカボチャがここで育ち、土屋さんという90歳を超えるご高齢の方が育てている、

ということ、そして、その半原カボチャを育てている地元の農家が3人しかいない為に

半原カボチャの存続が危ぶまれていることを知ってほしい、そう思い立って土屋さんに収穫体験を急きょお願いしました。

 

【思春期の子供と収穫】

先に到着していた半原のT君も息子もそれなりに土屋さんの言う事を聞いていましたが、

小さくうなずいてはいるものの、90才を超えるご高齢の土屋さんに、わかったのかわからないのかが、

わからないだろうと思うと、教えて頂いているのに申し訳なさが先に立ってしまいました。

思春期の子供は本当に難しい。特に母親からしたら男の子は宇宙人です。

 

土屋さんが収穫するための足場やツルをなるべく踏まないように等、

説明して下さるが2人でおしゃべりして聞いていないため「聞こうね」と言うとムッとする始末です。

20分くらい、畑でカボチャを収穫させてもらいました。

途中、「T君、こっちに沢山あるよ~」という声も聞こえましたが、あっという間に

「もう行こ」と、さっさと畑を出て、用意して下さった椅子に腰かけて座る2人。

私は、取り残しがあるかもしれない、ともう少し畑で収穫をしていると、

「もういいやん!」と息子の呼ぶ声。5,6個更に収穫をして、畑を出ました。

 

【休憩中の土屋さんと子供たち】

私達のために、わざわざテーブルとイスを出して下さった土屋夫妻。

テーブルには、黄色スイカと甘納豆等のお菓子を準備して下さった。

お茶も冷やして下さっている。

 

でも子供たちは手を出さない。スイカは、自宅にもありますが、多分種を出すのを嫌がって息子も

友だちも食べません。「食べや~」とすすめて下さるが 無反応の2人。

「黄色いスイカは食べんか?」と、23度とすすめて下さる・・・。

こちらが申し訳なくなりました。

「スイカは、塩をつけて塩分と水分が取れるで熱中症には、ええよ。」

「そうですよね~」と、私。

お菓子も今ほど種類が豊かでなかった頃は、スイカが甘みも水分も塩分も取れて、

私も好きでした。田舎の家には、縁側がありそこでスイカを食べながら、

種を外にペッペッと吐き出したものでした。

考えてみれば今のうちの家には、縁側がない。友達にT君の家にも縁側が無い。

今、スイカを食べる時は、テーブルの上で種を口からお皿に出しながら食べるか、

スプーンでホジホジしながら食べます。水分と種が多いスイカを食べるには、

縁側のような場所か、キッチンか、外でキャンプなんかの時に食べるのにはちょうど良いのですが、

思春期の子供たちにとって、ペッペッと種を出しながら食べるスイカは、

敬遠される果物になってしまったのかと、2人を見ていて思いました。

 

生活や環境が変わってきた今の時代に育つ子供に、どう伝統や文化、希少性のあるものを伝えていくのか、

とても難しく思いました。

それと同時に残したいものが廃れていく時間とのかけひきに焦りを感じずにはいられませんでした。